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「いのちの授業」第50時限目
この試みは100回が一つの区切りと思って始めました。今回はその半分に到達しました。私たち日蓮宗は「法華経」を根本の教えとして大切にしています。紀野一義氏は、法華経を一言で言い表すならば「肯定」だと言われました。人間の存在は、他の人から肯定されること。そして、その肯定が持続することが条件だと言われます。しかし、近代社会では、競争社会が浸透して、様々な排除が正当化され、その結果として排除された人は「居場所」を失いました。一昔前の居場所とは「地域共同体」だったと言えるのではないでしょうか。その共同体が衰退、消滅しつつあります。その象徴の一つが「葬儀」です。かつての日本の葬儀は、地域共同体が「葬式組」を組織して行っていました。自分の死後がどうなるかはわかりませんが、自分の属する共同体が、敬意を持って、大切な死者を扱う姿を見ていれば、人は死への本質的な不安を和らげることができたのだと思います。
投稿日:
2026年9月20日
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